20代と30代の狭間で

20代から30代に突入したとある日本人男子の雑記

現場を、やっぱり、現場を

やっぱり自分は現場を大事にしたい

何が起きてるのか、誰が何を考え、どんな行動にでたのか、この目で見たいと思う

人伝いに聞いた情報から判断したり、たまたま目撃した切り取られた現場のワンシーンから判断することは危険だと思う

そして、自分も含めてだが、現場の声は大事にするべきだと言う人は多い

でもいつのまにかそれは頭ではわかっていても、、、となっていく

その葛藤はどこかのタイミングで必ず生まれるだろう

でも、それでも現場を大事にできるかどうかがその人が大成できるかというところだろう

 

現場を大事にしているかどうかは現場の人に聞けば一撃で分かる

シンプルである

 

どう捉えたらいいかの話

そうなの⁉︎ ではなく そうだね。

0 to 1ではなく−(マイナス)to 0もしくは1 to 10

感情 ではなく 理論

羅針盤 ではなく 教科書

現場 ではなく 周辺

文化 ではなく 経済

創造 ではなく 作業

ミッション ではなく コミッション

インサイド ではなく アウトサイド

拡大 ではなく 収束

展開 ではなく 解決

定性 ではなく 定量

感覚 ではなく 証拠

投げ込み ではなく 積み上げ

ビジョナリー ではなく ディクショナリー

 

コンサル業界に携わって思うこの世界の特徴

これらが必要とされる場面もあるだろう

この特徴から脱している組織もあるだろう

でも元々はこうだったと思う

難しい、経済と文化の発展

明治から今の令和に至るまでの日本の発展とか歩みを考えたときに、すごく大きく見ると

幕藩体制の終焉、近代化(西洋化)

経済発展、大国の仲間入り

アジアの近代化を牽引

戦後復興、民主化

高度経済成長、ジャパンアズナンバーワン

バブル崩壊

失われた30年

アジアの台頭

などなど

 

で結局、文化よりも経済を優先した(せざるを得なかった)時代があり、その弊害が今至る所で出ているという時代なのだろうなと思っている

 

それは決して経済がダメになったから文化しかない、と言っているのではなく、元々日本には経済がなくて文化しかなかった領域や地域ばかりであったが故、ある意味元々あったものを掘り起こすしかないみたいな状況になっているのではないかというところだ

経済が成長したおかげで、文化を見る目は確実に養われていると思う

文化を経済的な視点で見ることもできるようになってきているし、我々の生活にいかに文化というものが根を下ろしているのかに改めて気づくことができているからだ

 

なので難しい問題だ

経済発展の代わりに文化は衰退したとは言えないかもしれないが、少なくとも経済と文化両方を発展させることに成功しているとは言えないだろう

 

難しい

でも考えるべき問題であり、世代を超えて考え続けなければいけない問題だと思う

仕事or NOT仕事、卒業したい考え方

良いことではないかもしれないが、

仕事中よりも仕事をしていない時の方が自分にとってより有益だと感じられる学びや、自分でもなるほどと思えるような気づきを得られることが多い

本来は逆かもしれない

 

ただ、今はそうなっているため仕方がない

仕事は仕事以外の時間の価値をブーストさせるのに必要な時間であり、いわば必要悪なのかもしれない

だから0:100のように全振りする勇気はない

僕はこれまでずっとそこを連結したいと思ってきていて、まだうまくシームレス化できていないのだが、ここをどう乗り越えていくかが、やはり自分の人生にとって肝心な一要素となっているように思うのだ

 

仕事とプライベートのバランス、みたいに平易な表現もできるわけだが、やはりコロナが落ち着いてまた世界的に活動が再開されたあたりから、これまで是だと思われてきたことに疑念が生じたり、非だと思われてきたことのなかから新たな可能性を見出したり、そんなムーブメント、トライアルがちょこちょこ広がってきているように思える

 

僕は今できることを精一杯やりたいという思いに変わりはない

ただ、盲目的に目の前のことを精一杯やるには、これまでの自分の選んできた道や今自分が置かれている環境に対して一切の後悔がなく、今の自分がベストなんだと思えるような揺るぎない自尊心というか自信が必要であると思う

 

恐らく人は言うだろう、目の前のことに精一杯取り組めと、そうしない限り道は開かないと

たしかにそうだ

 

しかし僕は鷹の目を忘れずに飛びたい

目の前のことをやっている自分を大切にしつつも、広い視野で常に自分にとって最適なルートを探し出そうとするとする目

これを磨きたい

利の最大化である

利他的に生きる人は利己的に生きる人よりも幸せ

だそう

 

しかし、

人のために生きる人生に虚しさを感じる

人の歩んだ道を歩く人生はつまらない

人生一度きり

これもまた事実

 

そう、利他的に生きることは他人の人生をなぞることではなく、他人のために生きることでもない

一度きりの自分の人生を、他人に利をもたらせるように生きるということである

 

その意味で、僕は今どれだけの人に利をもたらすことができているだろうか

人に与える利を最大化できる場所

それが僕の生きるべき人生であり、歩むべき道であり、考えるべきことなのかもしれない